東京地方裁判所 平成11年(カ)6号 決定 1999年12月02日
再審原告(前訴被告)
大塚政廣
右訴訟代理人弁護士
大迫惠美子
再審被告(前訴原告)
株式会社ディーシーカード
右代表者代表取締役
安保隆一
右訴訟代理人弁護士
吉原省三
同
三輪拓也
同
小松勉
同
竹田吉孝
主文
再審原告と再審被告間の当庁平成八年(ワ)第一四五一四号貸金請求事件について、再審を開始する。
理由
第一 申立ての趣旨
主文同旨
第二 事案の概要
本件は、再審原告を被告、再審被告を原告とする当庁平成八年(ワ)第一四五一四号貸金請求事件(以下「前訴」という)において、再審原告敗訴の判決が確定しているが、前訴は、再審原告の実兄である大塚忠男(以下「忠男」という)が再審原告に知らせることなく訴状を受け取り、答弁書を提出するなどの行為を行ったものであり、再審原告が知らない間に行われたものであり、民訴法三三八条一項三号の再審事由があるとして、再審開始を求めるものである。
一 前提事実
前訴の一件記録及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 再審被告は、平成八年六月二八日、東京簡易裁判所に対し、再審原告を債務者として、六二五万一二四〇円を支払えとの支払命令の申立てをした(以下「本件支払命令」という)。
2 本件支払命令の決定正本の郵便送達報告書によれば、平成八年七月五日一七時に、受送達者本人に渡したとする部分に丸が付けられ、受領者欄に大塚の印が押印されている。
3 本件支払命令に対しては、平成八年七月一九日に、再審原告の名前で、異議申立てがされている。
4 本件支払命令は前訴に移行し、裁判所から再審原告に対し、第一回口頭弁論期日の呼出状が送達された。右呼出状の郵便送達報告書によれば、平成八年一〇月三日一七時に、同居者大塚忠男が受領したとの記載があり、また、受領者欄には前記2と酷似した大塚の印が押印されている。
5 平成八年一〇月二四日、再審原告の名前で、異議申立についての答弁書と題する書面が裁判所に提出されているが、右書面の文字と前記3の異議申立書の文字とは同一である。
6 平成八年一〇月三一日、前訴の第一回口頭弁論期日が開かれ、再審原告欠席のまま、前記5の答弁書が擬制陳述された。
7 裁判所から再審原告に対し、第二回口頭弁論期日の呼出状が送達された。右呼出状の郵便送達報告書によれば、平成八年一二月三日一八時に、受送達者本人に渡したとする部分に丸が付けられ、受領者欄には前記2、4と酷似した大塚の印が押印されている。
8 平成八年一二月五日、前訴の第二回口頭弁論期日が開かれたが、再審原告は同期日に欠席し、弁論は終結され、同月一九日、再審原告敗訴の判決が言い渡された。そして、裁判所から再審原告に対し、前訴判決の判決正本が送達された。右判決正本の郵便送達報告書によれば、平成八年一二月二一日一五時に、受送達者本人に渡したとする部分に丸が付けられ、受領者欄には前記2、4、7と酷似した大塚の押印がされている。
9 再審被告は、平成九年九月二六日ころ、再審原告に対し、前訴確定判決に基づき、同人の給料債権に対し強制執行の申立てをし、その差押命令が再審原告の勤務先に送達された。再審原告は、同年一〇月ころ、右差押命令の存在を知り、その直後ころ、法律扶助協会東京支部に出かけて相談し、本件再審を提起するに至った。
二 争点
1 前訴の訴状、判決正本等の送達は有効か。
(再審原告の主張)
前訴の訴状、判決正本等はいずれも再審原告ではなく、その実兄である忠男が受領し、これを再審原告に告げなかった。また、答弁書も忠男が再審原告に無断で作成し、これを提出したものである。このように、前訴は再審原告が知らないうちに出された判決であり、民訴法三三八条一項三号の「法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いた」場合といえ、再審事由がある。
(再審被告の主張)
前訴の訴状、判決正本等はいずれも再審原告に有効に送達されている。仮に忠男が受領したのだとしても、忠男は再審原告の同居人であるから、忠男の受領は再審原告への送達として有効である。
2 再審の補充性
(再審被告の主張)
仮に、再審原告が前訴の訴訟係属、判決の存在を知らなかったとしても、再審原告としては、上訴の追完という方法で争うべきであった。すなわち、再審原告は、平成九年一〇月に再審被告が前訴判決に基づき再審原告の給料債権を差し押えたことにより前訴判決の存在を知り、かつ忠男から事情を聞いて事実関係も了解した後、二年近くも放置していたのであり、今になって再審の訴えを提起することは、民訴法三三八条一項但書に反し、また、法的安定性、確定判決に対する信頼確保の観点からも許されない。
(再審原告の主張)
(一) 上訴の追完は、本来判決後の上訴提起の障害を理由として行われるものである。判決前の手続には瑕疵が無く、当事者が訴訟遂行の機会が与えられたことが前提であって、それ故に上訴の追完は一週間という短い期間の定めがあるのである。
(二) ところが、前訴は、訴状等の送達がされておらず、判決前の手続に既に瑕疵があった。しかも、忠男は、再審原告の知らないところで答弁書を書いて応訴している上、二回の期日には欠席している。これは訴訟代理権のない者の訴訟への関与と同様、再審原告の訴訟遂行の機会を奪う事態であって、いわば判決前に本件前訴の訴訟手続が再審の瑕疵を帯びていると評価できるのである。
(三) このような事情のある前訴に対し、単純に判決の存在を知ったときから一週間以内に上訴することを求めるのは、それまで訴訟係属の事実を全く知らずに判決を出されていた当事者に、一週間以内に控訴状の作成を強いるという極めて不利益な結果を強要することになり、正義に反する。
第三 争点に対する判断
一 争点1(訴状等の送達の有効性)について
1 訴状、呼出状の有効な送達がないため、被告とされた者が訴訟に関与する機会が与えられないまま判決がされて確定した場合には、民訴法三三八条一項三号の再審事由があると解するのが相当である(同旨、最判平成四年九月一〇日民集四六巻六号五五三頁)。以上の基準に照らし本件を見てみることにする。
2 乙一ないし三号証、四号証の1、2、弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
再審原告は、従前内縁の妻と、現住所である新宿区神楽坂<番地略>△△荘の一階の隣接する一号室と二号室を借りていたが、内縁の妻が死亡し、二号室は空いたままになっていた。二号室には、昭和六三年四月三〇日ころから、再審原告の実兄である忠男が住むようになった。△△荘はいわゆる木造のアパートで、各部屋はそれぞれ独立してトイレや台所の設備がついており、玄関も別々に設けてあり、電気のメーターも各部屋ごとに各玄関付近に個別にあり、外から見る限り、各部屋が独立した構造となっている。一号室と二号室は、再審原告がかつて内縁の妻と生活していたことから、中の仕切の壁の一部を切り取られ、一方から他方に通じるドアが設けられていた。再審原告は、公和自動車交通株式会社でハイヤーの運転手をしており、仕事柄昼間等部屋を空けることが多く、実兄である忠男は、弟である再審原告が住む一号室に自由に出入りし、電話の対応をしたり、郵便物を見たりすることができる状況にあった。
以上の認定事実によれば、再審原告は忠男と同居しているとは言い難い。しかも、本件のように忠男が再審原告に無断で同人の名前を使用して再審被告から金員を借りたか否かが問題となっているような事案においては、忠男において再審被告から再審原告に対する裁判所からの書類を受取った場合、これを再審原告に見せることは想定しにくい。そうだとすると、忠男が訴状等を受領したことをもって、再審原告への送達と見ることは困難である。そこで、以下、本件訴状等を誰が受領したか否かについて更に検討を進めることにする。
3 前記第二、一の前提事実に乙一、二、一〇号証、一一号証の1ないし4、弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 再審原告の勤務形態は、朝出勤するとそのまま会社に二日間ほど泊まり込み、仕事が明けると午前中に退社し、その当日は休みになるという形であった。そして、再審原告の勤務している会社のタイムカードによれば、前訴の第一回期日呼出状、第二回期日呼出状、判決正本がそれぞれ送達されたとする日時(平成八年一〇月三日一七時、同年一二月三日一八時、同月二一日一五時)に、再審原告は、いずれも出勤して会社に泊まっており、前記各書面を受け取ることができる状況にはなかった。
(二) 第一回期日呼出状についての郵便送達報告書によれば、忠男が呼出状を受領した記載となっているところ、これに押捺されている印影と、支払命令正本、第二回期日呼出状、判決正本送達時に作成された各郵便送達報告書に押捺されている印影とは酷似している。
(三) 前記前提事実のとおり、前訴では支払命令に対し異議申立書が、また、訴状に対し答弁書が再審原告名で作成され、これが裁判所に提出されているが、右異議申立書、答弁書の筆跡と忠男が本件審尋期日に出頭した際記載した署名とは酷似している。
以上(一)ないし(三)によれば、前訴において、裁判所からの支払命令正本、第一回期日呼出状、第二回期日呼出状、判決正本を受領したのは、再審原告ではなく、その実兄である忠男であったと推認するのが相当であり、右認定を覆すに足りる証拠は存在しない。そして、右事実に前記2の事実を勘案すると、忠男が受領したことをもって、再審原告への送達があったとみることは困難である。そうだとすると、前訴において、再審原告に対し、訴状、呼出状の送達がないまま、判決が下され、確定したというべきであり、再審事由があることは明らかである。
二 争点2(再審の補充性)について
1 再審被告は、平成九年一〇月の前訴確定判決の強制執行により再審原告は前訴判決を知ったのであるから、右時点で上訴の追完をすべきであるところ、これをしないまま、約二年経過後に再審を提起することは、民訴法三三八条一項但書の再審の補充性に反すると主張する。
2 そこで検討するに、民訴法三三八条一項但書の法意は、当事者が再審事由に該当する事由を知っていたのに、それを理由として上訴せず、あるいは上訴しても右の事由を主張しなかった場合には、判決確定後これに対して同じ事由を主張して再審の訴えを提起することは、法的安定性からみて相当ではないという点にある。そして、ここで前提にしている前訴の判決手続は有効に行われた判決手続を前提にしている。ところが、本件では、再審原告は、訴訟の係属を知らなかったのであり、民訴法三三八条一項但書はこのような場合を予定しているとは思われない(ちなみに、前掲最判平成四年九月一〇日は、被告に対して判決正本が有効に送達され、右判決に対する控訴がされなかった場合であっても、被告において、訴状の有効な送達がないために訴訟に関与する機会が与えられなかったという再審事由を現実に了知することができなかったときは民訴法三三八条(旧民訴法四二〇条)一項但書の適用はないとしている。)。もし、本件のような場合まで、上訴の追完しか許されないとすると、再審原告は一審の裁判を受ける権利を失ってしまうし、控訴期間も一週間と短縮されるし、一審判決を有効なものとして受忍せざるを得ないことになり(上訴の追完はそれまで行われた判決手続を有効なものとする行為である)、前訴に関与できなかった再審原告の立場を不当に制限する結果となり、相当ではない。もちろん、再審原告において、自ら上訴の追完という方法を選択することは可能だが、だからといって、上訴の追完の方法を選択しなかったために、再審の訴えの手段を失ってしまうということにはならない。
3 以上のとおり、本件には民訴法三三八条一項但書の適用はなく、この点についての再審被告の主張は理由がない。
第四 結論
以上のとおり、本件では前訴について再審を開始するのが相当であるので、民訴法三四六条一項を適用し、主文のとおり決定する。
(裁判官難波孝一)